賢者は歴史に学び、愚か者は体験に学ぶ

「賢者は歴史に学び、愚か者は体験に学ぶ」  

私が好きな言葉として、各地で講演や自己紹介をするときにご披露を

させて頂いている言葉です。

この言葉はドイツの鉄血宰相といわれたビスマルクの言葉ですが、

本当にその通りだと思うのです。

自分の体験というものはすべての事象からすれば、ほんの一部に過ぎず、

歴史や大自然からの教えというものは脈々という続いた法則の中の結果

であるのです。

東日本大震災で津波で命を落とされた方の多くが自分の体験から、津波に

ついて過信をして、逃げ遅れています。

「地震がきたら、とにかく逃げよ」

という先人の教えはまさに歴史に学ぶということであり、いつの時代でも

活きているのです。

次いでにいえば、古くからある神社・仏閣のあるところは、過去の津波でも

被害にあっていない場所であり、神社・仏閣を目指して逃げることは

歴史を尊重することなのです。




経営という点においても、自分自身の体験をもとに判断をすることは

相当、危ういものです。

経営センスというものは確かに自身の様々な体験によって磨かれるものだと

思うのですが、先人たちの失敗から学ぶことや、経営学上の様々な法則は

まさに「歴史」そのものなのです。




事業承継は「歴史」の継続であり、言い換えれば歴史を大切にするから

成功するものが事業承継だと思います。

それを否定するならば、事業承継をせず、一から事業を興せばよいのですから。


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倒産と破産の違い

「会社は潰れた」という言葉を多くの人々が日常的に口にします。

新聞やテレビのニュースでは「会社が潰れた」という類のニュースは

日常茶飯事なことです。

しかしながら、多くの人が「倒産」と「破産」の違いを理解をしていなくて

「会社が潰れた」と言ってしまっているのです。

そして、会社を経営する側の経営者も「破産」と「倒産」の違いを理解を

していないで会社を経営している人が意外と多いのです。

一般的に会社が倒産するということは債務を返済できない状態になること

なのですが、具体的には銀行との取引が停止することです。

手形の決済が出来なくなる状態のことで、めちゃくちゃ簡単に言えば

現金さえ、誰かが注入すれば、銀行の取引が止まっても何も問題なく、

会社は運営できるのです。

多くの方が「会社が潰れた」と言っているのはこの「倒産」の状態のこと

なのです。

厳密には会社は「破産」しない限り、「会社は潰れてはいない」のです。

破産とは、一番簡単に言えば「財産をすべて失うこと」であり、自身の持つ

資産をすべて売却しても債務を完済することができなくなった状態です。




経営者は「倒産」を恐れてはいけません。

「倒産」の状態から会社が再生した事例はたくさんあります。

「倒産」という事態は間違いなく、絶体絶命のピンチであることは変わりない

のですが、まだ「会社は潰れてはいない」ということ。

その苦難から脱却することが本当の意味で経営者の手腕なのでしょうか。




私自身も倒産寸前の状況まで追い込まれたことがありますが、幸いにも

「倒産」も「破綻」もしませんでした。

会社を潰さないという信念さえあれば、例え「倒産」の状態に陥っても

必ず会社は再生できるはずです。

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法人

「法人」という言葉を知ったのは小学生の高学年の頃であったと思います。

「何で人でないのに人って言うのだろう?」

という素朴な疑問を感じたことを覚えています。

法人という言葉の意味を知ったのは20歳の時でした。

会社などの法人は「法の下では人格がある」という理屈を知った時でした。

本当の意味で「法人」という言葉を知った時は30歳の社長になった時でした。

会社が発行するあらゆる文書に私の個人名である「三浦直樹」という名前が

勝手に使われるという事実に直面した時でした。

最も正しくは勝手に使われている訳ではなく、法人の代表者としてすべての

行為に責任が発生するということを理解した時でした。

「社員が勝手にやった」

「社員が悪い」

ということを決して言えないということが法人の代表者の絶対的に守らない

といけないことです。




法の下で自分と違うもう一人の自分いることをはっきり自覚できたことが

事業継承なのだと思います。

そして、勝手に法人が一人歩きしないように管理し、取り纏めることが

経営であり、それが上手な人が「優秀」と呼ばれるのです。

トップになるということはもう一人の自分を大切にすることに

他ならないのです。


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